水がめ座すごろくの開発日誌

ゲーム製作のメモやその他あれこれ

ルールとその表層

 

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ルールの側から見て、ゲームにはもっと表層的な部分がある。

それはたとえば、物語風の設定の部分で、

 

「犬が飼い主からおつかいを頼まれて、店に行く」

「広い土地にビルを建てる」

「無人島を開拓する」

 

のようなものである。

これらの設定はルールや勝利条件に一本の論理的な筋道を与え、イメージを与え、理解しやすさを与え、詩的情緒を与え、親しみやすさを与え、イラストレーターに仕事を与える。

 

ところがこの物語的設定は、ゲームのルールやシステムとは乖離しているケースが多い。

 

「犬でなくて猿でもよし」

「ビルでなくて塔でもよし」

「無人島開拓でなくて日本国内の大名の陣取り合戦でもよし」

 

などなど、いくらでも代替可能である。

テーブルとテーブルクロスの関係のようなもので、引っ張って外して、別のテーブルクロスに掛け替えこともできる。

 

私は掛け替え不可の、いわば生物の皮膚と肉体の関係のような、ゲームの内的なメカニクスにぴったりした設定に強くあこがれる一方、それを完璧に成し遂げるのは不可能ではないかという気もしている。

 

また、掛け替えるヴァリエーションが豊かであれば、それはそれで「あり」であるとも考えている。「ラブレター」に「バットマン」編があるのはありである。

 

ラブレター

ラブレター

 

 

ラブレター: バットマン (紙箱) Love Letter: Batman (Boxed Edition) 並行輸入品
 

 

「用心棒」が「荒野の用心棒」になってもそれはそれでありである(盗作はいけませんが)。「七人の侍」が宇宙を舞台にしても構わないし、続編が何作もあったからこその「シン・ゴジラ」ではないか。

いつの間にか映画の話になってしまったが、ゲーム作りにおいては、意識的に行う表層と深層の往復こそが肝要で、未完成のゲームにはどこかの層に欠陥がある筈である。

また、(物語的な設定のないゲームも含めて)さらに表層部には「パッケージ」があり、そのまた表層には「タイトル」がある。