水がめ座すごろくの開発日誌

ゲーム製作のメモやその他あれこれ

テストプレイ覚書

 

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先日、自作ゲームをテストプレイする集まりに出てきたので、そこで考えたこと等を少しメモしておきたい。

この種の集まりに参加するのは、多めに数えて3回目、うち1回は自分が主催で自分の知り合いを呼んで行った個人面談のようなものだったので、実質は2回目である。

その2回のうち、いずれの会も「今回、開催するのが初めて」という出来たてホヤホヤの、皆がほぼ初顔合わせという状況だった。参加人数はどちらも7名前後くらい。

「その手の集まりに行くと、どんな感じになっているのか、何が起きているのか」

というレポートは読んだことがないし、個々のゲームについて詳しく書くのもどうかと思われるのでぼやけた感じになってしまうが、大まかな印象を書くとたいへん楽しい。

遊びと批評を兼ねてゲームができるし、製作過程の裏話的なエピソードも聴けるし、他の参加者の指摘に刺激を受けたりもするので、私の場合はデメリットがほとんどゼロである。

もちろん、未完成のゲームにはそれぞれ多少の欠陥はあるのだが、個人的にはさほど気にならない。他の人の作ったゲームは概ねよく見えるし、欠点があったからといって損をしたとか、時間を返せという気には全くならない。

むしろ、

「このゲームをどう改良すれば面白くなるのか?」

というお題を皆で考えている会議のような雰囲気があるので、単にゲームをして遊ぶだけの会とは別種の面白さとスリルと知的興奮がある。

 

ちなみに先日ちょっと遊んだゲームの中では、

「手札を一回配って、各プレイヤーが数字を見てから回収してまた配る」

という手順が入るものがあった。

この方法だと、たとえば「2」を確認してから一旦もどす→次に来たカードが「10」になっていると、

「誰かが確実に2を持っている!」

という自分だけの情報を得られるということになる。最初に「10」を持っていた人も同様に似たようなことを考えているのである。

最初に「5」が来て、戻して再び「5」が来る人もいて、その辺りが妙味である。こういう小技的な発想は、自分ひとりの頭からはなかなか生まれて来ない。

 

別の人は、拡大再生産系のゲームを作って持参していた。

カードが全て手書きというレベルの試作品である。「宝石の煌き」「ナショナルエコノミー」など、以前やってみたのだが初見では把握しきれない部分も多く「自分はこれ系のゲームの魅力を全く捉えきれていない」と感じていた。

 

宝石の煌き 日本語版

宝石の煌き 日本語版

 

 

ナショナルエコノミー

ナショナルエコノミー

 

 

「もしかすると自分はこの系統のゲームとは、根本的に相性が悪いのでは?」とまで心配して不安を感じていたのだが、やってみると大変わかりやすかった。

大げさに言うと「初めて、拡大再生産系のゲームの良さを理解できましたー!」というくらいの面白さで、「ワーカープレイスメント」という概念をやっと掴めた気がする。

人が作ったものを客観的に見ると、岡目八目で長所も短所も概要も細部も見えやすくなるという効用は確実にあると言えそうである。「作りかけ」だと尚更よく見える。

 

自分は「つけもの一週間」を持っていった。他の人にやってもらうのは初めてである。

それで「フレンド」になってもその関係が見えにくいとか、もっとフレンド関係の「Aグループ」と「Bグループ」で戦えるようにしてほしいとか、麻雀的な部分で鳴けるようにしてほしいとか、「ライバル」関係を指名したいとか、色々と要望が出た。

ひとことに集約すると「もっと戦いたい!争いたい!攻撃したい!」という叫びを感じたのであるが、当初の意図とは方向性そのものが異なるので修正が難しい。

しかし、これらの貴重なご意見のおかげで「運動会」のゲームを思いついたという利点もあったので良しとしたい。今のところどう見ても明らかに「つけもの一週間」より「運動会」の方がシンプルでバランスが良く、入りやすく、盛り上がる要素が多いのである。